映画『食べる女』おいしいコメントがとどきました!

マキヒロチ【漫画家・イラストレーター】

若い頃は孤食が好きだった。誰かと一緒に食事をすると相手の好き嫌いに気が散ったり、食事よりも会話に集中しなければいけないのが億劫だった。
一人で食事をしている自分の姿もなんだか強い女性のようで好きだった。だけど歳をとって、食事を共にする誰かの一言や知識が料理の経験値を深めてくれたりすることや、美味しそうに食べる相手の顔が更に食事を美味しくさせてくれることに気づいた。この映画で沢尻エリカさんが演じる圭子は、マンションを購入してシングルライフを満喫しているキャリアウーマン。仕事と一人の時間をこよなく愛す彼女が偶然タナベと出会い食事をするようになって、誰かと食事をすることの尊さや安らぎを知って行く。最初は強張っていた圭子の表情が、食事とお酒とタナベの眼差しによって優しい表情にほころんでいくシーンが、かつての自分とリンクして温かい気持ちになる。女が自分の力で生きるのは大変だけど楽しい。孤食もいいけど誰かと食べるのは幸せだ。そんなことを気づかせてくれた。

進藤やす子【イラストレーター】

その日は、塩麹の瓶の蓋が開かなくて悪戦苦闘していた。
肉野菜炒めを作る準備は万全なのにあまりにも開く気配がないので、隣のコンビニでご飯を買ってこようと何度も思ったが、意地になって30分ほどあの手この手で頑張った結果、やっと開いて、無事私のおなかは肉野菜炒めで満たされた。
そうして一息ついてからこの映画を観始めたのだが、さっき諦めてコンビニに走らなくて良かったとつくづく思った。ちょっとだけでいい、手をかけたご飯は心を和らげるのを気づかせてくれる映画だったからだ。この映画に出てくる’東京の街をふわりふわりと漂う自由で孤独な女たち’は、シュッと美しい工業製品ではなく、どこか歪んだ手作りの物のようだ。でも手作りの物は代え難い味わいがある。そんなちょっといびつな彼女たちが、ふくふくと描かれているのが、なんだか、良い。だから見終わった後は暖かい気持ちになる。私も人の物差しで測ったりせず、自分に正直な「食べる女」でありたい。

山科ティナ【イラストレーター】

女に生まれて、東京で生きて、しばしば呪縛を感じることがある。
年齢のこと、男のこと、「美味しいもの」を美味しいと感じられない夜があること。
「食べる女」で描かれた女たちはみんな年齢も違えば、性格も、仕事も、生い立ちも、抱えている孤独も、幸せだと感じる事柄も、すべて個性的で、みんなバラバラだ。けれど一つだけ、共通する幸せがある。いたってシンプルで力強いメッセージが私たちの背中を押してくれる。私たちは自分の手で幸せになれる。
そうして観終わった頃には、物語の前半で感じていた呪縛が気付かぬうちに解き解かれている。女に生まれた幸せ、歳を重ねることへの魅力、孤独を抱えながらも満たされることはあるということ、「美味しい」という言葉が意味することー… 力強い女たちの言葉と姿と、言葉にはできないような幸せの形をぜひ劇場でご覧ください。

はあちゅう【ブロガー・作家】

美味しいごはんの記憶を 一緒に更新し続けられる人が 大切な人になっていくのだと 思います。上映中、思わず 今夜の献立を考えてしまいました。

フォーリンデブはっしー
【グルメエンターテイナー】

食べることは、人生のエネルギーを得て、前向きに生きることなのかもしれない。そう感じてしまうほど、愚直に生きる登場人物たちは、食にも人生にも正面から向き合っている。世の中には理不尽も多く、人の感情も一筋縄でいかない。けれども、美味しいものを食べれば、自然と笑顔になり、すべてを飲み込みながら生きていける気がする。そんな誰もが共感できるリアリティが、この映画にはあるはずです。人生もデブリシャス!

小野美由紀【作家】

登場する料理の美味しそうなこと! 見ている最中、何度もお腹がグーッと鳴った(空腹で見るの厳禁・・・) 食べる幸福と女である悦びは紙一重だと思い出させられる映画でした。 人生はフクザツ。でも、”美味しい”が運ぶ幸せは絶対的にシンプル!

香山リカ【精神科医】

ひとは胃袋をいっぱいにするためにではなくて、こころをいっぱいにするために食べている。精神科医の私が30年かけてたどり着いた仮説が、元気いっぱいの女たちによってカッコよく証明された!